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思考への道
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日々の感性を問う事で、思考の論理構造を自分の前にさらけだすのです。
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タイトル 日 時
道元の問い
道元の問い 道元には「天台の教えでは、人は皆生まれながらにして、本来悟っている(本覚思想)はずなのに、なぜ厳しい修行をしなければ悟りが得られないのか」という強い疑問があった。 ...続きを見る

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2012/05/22 01:08
言葉の問題と言う事(2)
言葉の問題と言う事(2) 「頭の外の世界に対して、頭の中の思考の世界」と言う区別は、頭を持った生き物の身体存在の、その頭の中の世界の、思考という出来事でしかない。しかしその思考が頭の外の世界と、深い繋がりがあると考えてしまう理由がある。それは、頭の中の思考と言う出来事が、身体運動の始動スイッチとして働くからで、そのスイッチが「ON」に成ると、思考の現実化と言う思考の在り方が、身体活動により物体自体に関わる事で、世界を頭の外と、思考する事に成ったのです。 ...続きを見る

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2012/05/20 23:15
言葉の問題と言う事(1)
言葉の問題と言う事(1) 「人間は本来悟った存在であるのに、それを知らずに日々生きている。」と言う言葉の在り方。 知らなければ「存在しない」のと同じであると言う事では無く、知らなくても「存在」していたのだと言う事を問題にし、「存在する事」の知がどのようにして私に成立しするのかと言う「知り方」を問題にする。 ...続きを見る

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2012/05/19 23:55
真っ直ぐな姿勢に成る為の足裏接地(6)
真っ直ぐな姿勢に成る為の足裏接地(6) ハイヒールを、膝を曲げ気味にして履いている人の場合、ハイヒールの構造からすると、爪先に余分な体重を載せることが、爪先の上反りを作り、そこから人間の身体の骨格や筋肉、関節の構造によって、一連の動きが作られるのです。 ...続きを見る

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2012/05/13 23:26
真っ直ぐな姿勢に成る為の足裏接地(4)
真っ直ぐな姿勢に成る為の足裏接地(4) 踵を浮かした爪先接地では、軸面と成る接地面が爪先部分ーー足根小球(拇指丘を含んでいる)と爪先ーーだけである為に、立ち姿の安定性を確保しなければ成らない。その安定性確保の方法が、足首の伸長と膝関節、腰の曲げなのです。 さてハイヒールの構造は、足裏の踵と爪先が接地する事なのだが、ただその足裏が爪先に向って斜めになっている事で、体重は踵にもかかっているが、より爪先側にかかることに成るのです。 この体重の偏い的分散は、位置としては上の踵側から、下位の爪先に向って、接地面への体重が分散する事に成るので... ...続きを見る

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2012/05/13 20:16
真っ直ぐな姿勢に成る為の足裏接地(3)
真っ直ぐな姿勢に成る為の足裏接地(3) フラット接地の足裏とは、足平全体に均等に体重をかけている事なのだが、そのフラットに対して、踵側に余分に体重を載せるーー爪先を上げる程に踵にかけるのではないーーと、身体の重心の位置を通る垂線が、足裏の踵を通る垂線の後方に来る事で、後方への傾きがはじまるのです。 ...続きを見る

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2012/05/13 14:10
真っ直ぐな姿勢になる為の足裏接地(2)
真っ直ぐな姿勢になる為の足裏接地(2) 女性がハイヒールを履く事で生まれるはずの、真っ直ぐな姿勢は、映像の世界では、モデルの歩きの姿勢にあらわれている。その姿勢は、無理を重ねていると言う不自然さは、みえないのです。ハイヒールという靴の形を見ていると、まずハイヒールの踵の細さ等で生まれる不安定さが気になり、さらに爪先立ちと、踵が床に対して上がっている事からうまれる不安定さを、考えてしまうのです。しかしその靴を履いているモデルの女性の歩きのスムースさに、感心するのです。当然ハイヒールによる歩きの練習が実施されて、その靴の形による歩き方を習... ...続きを見る

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2012/05/12 17:59
信号機の「赤、青、黄色」(5)
信号機の「赤、青、黄色」(5) 現物のランプーー反射する特定の波長の光ーー空中伝搬ーー眼球入射ーー網膜作動ーー視神経の伝導ーー脳細胞の処理 ...続きを見る

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2012/05/11 14:20
信号機の「赤、青、黄色」(4)
信号機の「赤、青、黄色」(4) 私達には、あれこれの個別的な、生きた認知が有って、その生きた認知から生まれた、個別から抽象された種類と言う認知が、言葉に表されるのです。言葉に接するとは、その種類と言う認知が私と彼との間の共通性として、了解され、その種類を生み出した個別的な「赤」の経験を表象するのです。ただ、「赤」と言う言葉で、種類の認知が頭の中に浮かんでも、その出生の個別的場所の違いで、「赤」に幅が出てしまうと言う事です。つまり、人々の経験の違いが、「赤」と言う言葉は共通でも、その色合いに違いがあると言う事なのです。 テール... ...続きを見る

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2012/05/08 09:45
日本語と英語を理解する(6)
日本語と英語を理解する(6) 一切の始まりは次の様な言葉から始まる。 「お前なんかには、俺の気持ちが判るわけ無い。知ったかぶりをするな」と言う言葉なのです。 そこでまず「空腹」と言う当たり前の所から考えるのです。 ...続きを見る

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2012/05/06 23:57
資本論の商品についての思考方法(2)
資本論の商品についての思考方法(2) 八百屋の店主にも、買い物客にも、リンゴは食べ物として、食べられて栄養となる。リンゴの持ち主である店主は、所有しているリンゴを、そのまま食べ物として消費する当然さは、ただお腹がすけば、食べ物としてのリンゴを食べて、栄養にする事で、満腹感を達成するからです。この全く当然な事に対して、店先で売り出す事の理屈を考えるのです。 まず人々の食欲を満たす、特定の材質であるリンゴとは、リンゴと言う個体と人間の身体が関係を持つ事であり、人間側は、その関係が食欲と言う感性的知覚として表れるのです。 ...続きを見る

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2012/05/05 12:47
真っ直ぐな姿勢に成るための足裏接地(1)
真っ直ぐな姿勢に成るための足裏接地(1) まず歩きの接地方法を考える。 前に振り出した遊脚としての右足が地面に接地して、軸足に移行する。まず右足裏全体が均等に接地する。フラット接地と言うのです。足裏が均等に接地するには、そこが地面に平行であって、そのまま地面に下ろせばいいのです。そのためには、足裏が上げた脚の真下に有る事で、そのまま真下に下ろすのです。 では右足裏が振り出した右脚の下に来る為には、右下半身に対して、右上半身も一緒に、つまり、右半身が一体となって、前に振り出すのです。 この右半身、左半身の交互の切り換えの形が、フラッ... ...続きを見る

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2012/05/03 22:53
日本語と英語を理解する(6)
日本語と英語を理解する(6) 話し手の生きた思念を概念化し、その概念と音韻の組み合わせを対応させる事で、あくまでも脳内で生まれては消え、蓄積され、継続する事に成る思念が、衣ごしに、他者に姿を見せると言う比喩をかんがえるのです。音韻による音声発音と言う空気の振動が衣になると、弾倉から飛び出た弾丸のように、的になった他者に突き当たり、内部に食い込むのです。 話し手は、自分の中の生きた思念を概念化し、その概念に対応させた音韻を介して、声帯を動作させ、口内で空気の振動を作りだす。聞き手は、話し手が口によって作り出された空気の振動を... ...続きを見る

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2012/05/01 00:26
日本語と英語を理解する(5)
日本語と英語を理解する(5) 言葉・表現(A)ー認識(B) と言う関係に対して、頭の中の認識を、インクの跡や音声として、表すと言う説明は、認識が頭中で成立している事は確かだが、その中のモノが、頭の外としての文字や音声として出て来るのではない。では頭の中にある認識とインクの跡の書き文字、音声としての話し言葉とは、その間にどんな構造があるのか。理解としては文字や音声を介して、頭の中の認識に接するのです。 ただこの理解では、インクの跡は目で見て知覚し、音声は耳で聞いて知覚していても、その知覚の何処に言葉としての判断が生まれてい... ...続きを見る

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2012/04/26 23:20
日本語と英語を理解する(4)
日本語と英語を理解する(4)  むかしむかし、 あるところに、 おじいさんと おばあさんが すんで いました。  おじいさんは やまへ しばかりに、 おばあさんは かわへ せんたくに いきました。  おばあさんが かわで せんたくを していると、 ドンブラコ、 ドンブラコと、  おおきな ももが ながれて きました。 「おや、 これは よいおみやげが できたわ」  おばあさんは おおきなももを ひろいあげて、 いえに もちかえりました。 ...続きを見る

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2012/04/23 17:56
日本語と英語を理解する(3)
日本語と英語を理解する(3) (1)モデムは、通信障害の原因です。 (2)モデムが、通信障害の原因です。 ...続きを見る

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2012/04/17 13:24
日本語と英語を理解する(2)
日本語と英語を理解する(2) モデムが、必要です。 モデムは、必要です。 における「モデム」と言う通信装置は、個体を一神教の神の様に扱いながら、その必要と言う性質を属性として規定する事を表す「は」に対して、同じ通信装置であるモデムと呼ばれている個体にーー多神教の神の様に、相互に区別されながら、色々な神がいて、その一つの神を取り上げる事になるーー必要とされているグループに入るモノの一つで有る事を「が」で表すのです。 ...続きを見る

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2012/04/13 09:37
日本語と英語を理解する(1)
日本語と英語を理解する(1) ==日本人が誤解する英語*マーク・ピーターセン*光文社知恵の森文庫== ...続きを見る

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2012/04/08 23:22
資本論の商品についての思考方法(1)
資本論の商品についての思考方法(1) 資本制生産様式が支配する社会では、社会の富は、「巨大な商品の集積」として現れている。一つ一つの商品は、富の要素形態として有る。 ーーー古代の社会では、富は金銀の刀や王冠等として現れていると云う様に使う。商品として、店頭で売られているリンゴを考える。八百屋の店頭のリンゴは、値段のついた商品として展示されている。その商品としてのリンゴは、まず食べ、咀嚼して栄養として吸収する事で、食欲を満たすモノとしてある。リンゴを食べたいと云う食欲は、身体が食べ物を必要としている事の感性的知覚で有って、その感覚に... ...続きを見る

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2012/04/05 15:03
信号機の「赤、青、黄色」(3)
信号機の「赤、青、黄色」(3) バスのテールランプの点灯している明るさが、現に見えている通りであるーー次ぎに、どう見えているかと問われるレベルが言葉になっているーーと言葉にしている時、さらにその言葉に「赤」と言う言葉を付け加える事で、私の目に見えているモノが、単に「見えているモノ」と言う大まかな取り上げでない、確かに私の目に見えているモノが、さらに具体的な、「赤色」と言う言葉になっている事を知るのです。この私が見ているモノは、言葉にしなくても、見えている通りなのだが、しかし言葉にしていない事で、他者は私の了解を理解していない事... ...続きを見る

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2012/03/29 00:28

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