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思考への道
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日々の感性を問う事で、思考の論理構造を自分の前にさらけだすのです。
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タイトル 日 時
音を波として理解する(8)
音を波として理解する(8) 私達の耳が、彼の口から出てくる「おはよう」と言う音声言語を聞くと言う時、それは一つのボールが、口から出てきている訳ではない事は確かだが、しかし、「声帯の振動ーー空気の振動ーー鼓膜の振動ーー内耳の作動ーー聴覚細胞の作動ーー脳細胞の作動」と言うそれぞれ、特性有る形態相互が、共通なモノを持続している事は確かです。その持続するモノは、あたかも一つのボールが移動する様に、扱われているのです。 ...続きを見る

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2012/01/30 14:26
駅前ビルのネオンサイン視点(3)
駅前ビルのネオンサイン視点(3) ネオンサインの500個有る電球が、それぞれ「点灯ー消灯」をくりかえしているが、その繰り返しが相互の位置関係や時間関係のあり方によって、個々の電球の「点灯ー消灯」で有りながら、人間の眼には、一つの光りの球が、左右に移動するモノとして、見えているのです。その見えは、一つのボールが捕手と投手の間を連続として行き来していると見えているのに似ている。 野球のボールの場合には、一つのボールが空間を連続的に移動しているのを、その通りに見ているのだが、ネオンサインの場合は、単に一個一個の「点灯ー消灯」で有りな... ...続きを見る

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2012/01/30 14:18
歩行、走行について考える基本(5)
歩行、走行について考える基本(5) 爪先接地による立ち姿の場合、接地軸面が狭くなって安定した軸として成りにくく、身体は前後にフラフラする状態になってしまう。爪先を接地し、踵を上げるスタイルとしのハイヒールと言う靴は、爪先と踵の2点に接地軸を作る事で安定した立ち姿と成るのだが、大事なのは、その2点が、足裏を真下に下ろした時に、同時に接地する事、つまり素足でフラット接地するのと同じに、ただ前に振り出した足裏を、フラットに接地すれば、良いだけなのです。 ...続きを見る

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2012/01/29 22:35
歩行、走行について考える基本(4)
歩行、走行について考える基本(4) ぶらぶらしながら歩いている。背中が猫背気味になっている事に対して、どうしてもピンとした背筋の立ち姿で歩いて見たいと思うのです。この思いは、猫背気味である現状の中で、頭の中にイメージされたピント伸びた背筋の自分の姿なのです。 そこでそのイメージを持ちながら、背筋を伸ばす事にする。この伸ばす意志は、実際に立ち姿で、背筋を伸ばす事で、実現すると言うのです。背筋を伸ばすと言うイメージは、身体行為の総体での意志に成る。その意志を持つ事の中では、「背筋を伸ばす」事は、どう見ても遠い目標の様になってしまうの... ...続きを見る

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2012/01/29 13:35
駅前ビルのネオンサイン視点(2)
駅前ビルのネオンサイン視点(2) 看板の四辺に等間隔に並べられている500個ある電球は、それぞれ一個一個と言う個体として有るのだから、それが捕手と投手の間を行き来する野球の一個のボールの様になるとしたら、電球は「点灯ー消灯」に関わらない、個体としての一個一個と言う扱いになる。しかしネオンサインの場合には、あくまでも点灯して明るくなっている「光る球」の事なのだから、500個の電球が有る事だけでなく、500個あって、さらにそれが個々として点灯して明るい状態である事が、重要になっているのです。 ...続きを見る

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2012/01/25 23:08
駅前ビルのネオンサイン視点(1)
駅前ビルのネオンサイン視点(1) ネオンサインを考えてみる。夕方町のビルの壁面を飾るネオンサインは、その四角いサインボードは、四つの辺を、光の球が、時間毎に、右回り、左回りを繰り返しているのです。私達の目には、一つの光の球ーー四辺に10センチの等間隔で並べられている500個の電球があるのですーーが、右回り、左回りを繰り返しているのが見えているのです。 その光の玉が見えている時、一つの光の球が、移動していくモノとして見えているのであつて、見えているモノとして、光の球があると言う事になる。 目を見開いて、見えている状態で「一つの... ...続きを見る

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2012/01/24 13:35
歩行、走行について考える基本(3)
歩行、走行について考える基本(3) 接地垂線と重心垂線の、それぞれの方向を伴って、個体は地球の中心に向って落下運動をしている事に成る。人間にもその力が働いているのであって、地面の上に立ち続けているのは、あくまでも重心垂線を通して、固体としての身体が落下している力、重力による引きつけられている力に、地面から受ける床反力が拮抗し続けているから、現状の立ち姿と成るのです。 ...続きを見る

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2012/01/23 00:04
歩行、走行について考える基本(2)
歩行、走行について考える基本(2) 床反力ーー足の裏面で床を押す時、その力に対する「作用・反作用の原理」によって、床も足裏を押し返すのです。その押し返す力を床反力と言う。 薄い氷面を歩く時、ゆっくり足を下ろすのは、足の重さと下ろす加速度の積によって、床にかかる力が決まって来るからです。 地球の中心に引っ張る力である重力によって、身体は重心のある位置を中心に、落下して行き、床に接地している足裏面を挟んで、床による拮抗力が働き、重力と床反力が拮抗する事で、落下を止めているのです。 ...続きを見る

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2012/01/22 13:35
歩行、走行について考える基本(1)
歩行、走行について考える基本(1) 二足歩行、走行について考える時、考える基礎に何をおくか。 例えばテレビで日本人宇宙飛行士の船内の状態が中継されたりする。彼らは船内の空間をふわふわと浮遊しているのです。 ...続きを見る

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2012/01/21 16:43
音を波として理解する(7)
音を波として理解する(7) 脳のこの処理に有っては、ストーブの所にある「音」を聞いていると言う「判断が成立している事」は確かで、判断としては、燃焼するストーブの所に「燃焼音」があると成立している事なのです。とすると問題は、その様な判断とはなにかと言う事です。 判断とは何かと言う問いに対する答えとして、私達が考えようが、考えまいが、「音」は、事実として有るのだと言う事で、たまたま私達がその「音」を耳で聞いていて、今聞いているこの「音」が、その事実の対象なのだと言う説明が立てられる。 ...続きを見る

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2012/01/19 22:48
歩く事から走る事へ(108)
歩く事から走る事へ(108) 二足歩行の時、足裏の接地をフラット接地ではなく、踵接地で実行する。前に振り出した遊脚側の足首を詰めた感じで、踵から接地しようとすると、膝裏が伸ばされて、脚が伸びだ状態になる。膝を曲げた状態ではなく、真っ直ぐな一本の棒の様に伸ばされて、接地していくのです。この時接地していた軸足は、踵が地面から離れ、爪先に接地軸が移動するのだが、この「踵ーー土踏まずーー爪先」と言う構造の中で、接地が踵から爪先に移動する時、土踏まずから爪先の間の膨らんだ部分は、最初の部分は、その膨らみの接地でブレーキ状態に成り、指先... ...続きを見る

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2012/01/13 09:06
音を波として理解する(6)
音を波として理解する(6) 鼓膜から脳細胞までの過程・Aと鼓膜を振動させる空気の振動・Bとは、区別されなければならないのに、ストーブの燃焼から生まれたモノから空気の振動迄の過程・Cを「音」とする事は、 Aに対して、ただ「音」が、作動させるから、今「音」を聞いていると言う説明になってしまうのです。最大譲っても、Aの過程は、単に「聞く」と言う活動だけで有って、「音」を聞いていると言う説明の為にも、Cが最初から「音」となっていなければならないのです。 Cと言う音が有って、そのCが、鼓膜を振動させて、脳が「C音」として聞いてい... ...続きを見る

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2012/01/08 11:59
歩く事から走る事へ(107)
歩く事から走る事へ(107) 足裏の接地の仕方二通りの歩き方 @ーー足裏が全体的に接地する、つまりフラット接地の場合、接地の為に、足を真上から下ろさなければ成らず、この下ろし方では、膝が少し曲げ気味に成るのです。つまり、チンパンジーの様に膝を少しばかり曲げた状態で、両足を出していく事に成るのです。 フラット接地の場合、足裏の平全体が一度に接地するのであるから、どうしても地面に対して、平行な状態にして接地する事に成る。それが真上から下ろす事に成るのです。 このフラット接地は、膝が曲げられている為に、見た目は綺麗な姿には、... ...続きを見る

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2012/01/02 13:47
身体への力の概説
身体への力の概説 SportNav.com Plus 2007年4月10日 ...続きを見る

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2012/01/02 12:35
音を波として理解する(5)
音を波として理解する(5) A=燃焼音 ・・・・・(1) とする事に問題がありそうです。 ...続きを見る

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2011/12/30 23:58
歩く事から走る事へ(106)
歩く事から走る事へ(106) 左脚を軸足にして、右を前に振り出していく。振り出した遊脚を、踵から接地する場合、膝が伸びた状態で接地するので、脚自体は真っ直ぐに伸びているのです。 前に振り出した遊脚の踵を、最初に地面に接地するには、足首を少し鋭角になるように角度を付けるのです。伸びている足首の角度は、爪先側を持ち上げる事で、鋭角の角度になり、踵から接地するのです。 この足首に鋭角の角度をつけて接地する時、脚は膝が真っ直ぐに伸ばされていくのです。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2011/12/23 22:30
音を波として理解する(4)
音を波として理解する(4) ストーブの燃焼と云う物理的出来事がが生み出したモノ・A と Aが鼓膜を振動させた以降の聴覚神経、聴覚細胞、脳細胞の作動過程・B この二つの過程は、私達が見聞きしている経験を、分析と云う思考の結果として、思考内容にしたモノになる。そしてA、Bの中で、鼓膜ーー中耳と外耳の境目にある、直径8 - 9mm、厚さ0.1mmの膜で、耳小骨に音を伝える。外耳側から順に、皮膚層、固有層、粘膜層の3層からなる。鼓膜も、皮膚と同じく再生することが可能である。(ウィキペディア)ーーが振動する事で、音に関する... ...続きを見る

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2011/12/20 15:33
音を波として理解する(3)
音を波として理解する(3) 私達が自分の耳を傾けるとは、物理的出来事の存在を、耳に聞こえて来る方向、空間的位置の認知として成立させていると言う事であり、その空間配置の認知とともに、聴覚認知されているモノに、比喩として言えば「音」と言う衣装を着せる事に成る。あくまでも認知されているモノに対して、あるいは頭の中で成立している認知されたモノに、認知のレベルで「音」と言う衣装を着せているのです。 つまり、鼓膜を作動させる空気の振動を作りだす、ストーブの燃焼と言う「物理的出来事が生み出すモノ・A」が、「音」であると考えてしまうのだ... ...続きを見る

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2011/12/16 23:43
音を波として理解する(2)
音を波として理解する(2) ストーブの燃焼の現場に生まれているモノ・Aがある事は確かだが、Aはただ周りの空気を特定の波長の波として振動させるだけなのです。このAを「音」と思う事は、私達がストーブの燃焼する炎に手をかざしながら暖をとっている時、そこから聞こえて来る微かな燃焼音に耳を傾けている時の経験があるからです。暖を取りながら、燃焼音が、そこから聞こえていると言う判断があるからです。燃焼の音が其処にあって、空中を伝搬して、私の耳がその音を聞いていると言う判断なのです。 ...続きを見る

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2011/12/14 13:42
音を波として理解する(1)
音を波として理解する(1) 私達の耳は、「燃えている炎の所に生まれているモノ」を「燃焼音」と聞いている。そこにあるものは、燃焼と言う出来事が空気を振動させる事で形成されたモノとしてある。その存在が、聴知覚器官を通じて「燃焼音」として知覚されているのであって、比喩としては、燃焼音と言う衣装をとおして知覚されているのです。それが、今聞いている音として存在する事なのです。 この比喩は、燃焼のエネルギーが作りだす、空気を振動させる所にあるモノ・Aーーこのモノを衣装と比喩しているーーが、人間の聴覚を作動させる事で「燃焼音」として聞... ...続きを見る

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2011/12/11 14:07

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