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思考への道
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日々の感性を問う事で、思考の論理構造を自分の前にさらけだすのです。
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タイトル 日 時
禅の言葉(9)
禅の言葉(9) 禅は何事も教えはしない。 と言う言葉は、Aとして、Bとして、Cとして、その他の何事も知として、禅には教える事は無いと言う事に成る。禅が「何事も教える事が無い」とすると、しかし「禅には何事も教える事は無い」と言う言葉は、しかしその言葉は、その言葉通り、何事かを教えている事に成る。 ...続きを見る

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2016/09/26 20:10
禅の言葉(8)
禅の言葉(8) 「生まれながらに持っている仏性」 とは、存在する事実であり、事実と言う人間の頭の中の判断なのです。 ...続きを見る

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2016/09/12 19:27
禅の言葉(7)
禅の言葉(7) 大慧宗杲・ウィキペディア ー 曹洞宗に属した宏智正覚と、真の禅法をめぐって激しく対立した。宗杲は、公案を用いることによって言語による思考に大きな疑問を抱えつつ坐禅し、その疑問を打ち破ることにより悟りへと向かうという、臨済宗の禅法を正しいものと認めた。対立する宏智正覚は、悟りという目標を設定することによって無明と悟りという二元論的構造が生じることを避ける為に、坐禅する事自体が坐禅の目的であるような自己完結的な禅法の中で本来具有している仏性が顕れるとしたので、宗杲はこれを「黙照禅」と呼んで批判した... ...続きを見る

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2016/09/11 10:46
禅の言葉(6)
禅の言葉(6) 「本覚門」から「始覚門」へ 本覚ーー本来具わっている「悟り」 始覚ーー教えを聞いて修行し、初めて得られる「悟り」 ...続きを見る

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2016/09/01 22:42
禅の言葉(3)
禅の言葉(3) 禅の語録20 「禅の語録」導読                    小川隆   筑摩書房 ...続きを見る

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2016/08/16 14:11
禅の言葉(4)
禅の言葉(4) 禅は、次の様に言葉について主張する。 ...続きを見る

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2016/08/08 00:46
禅の言葉(2)
禅の言葉(2) 禅の語録20 「禅の語録」導読    小川隆   筑摩書房 ...続きを見る

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2016/07/26 00:07
禅の言葉(1)
禅の言葉(1) 禅の語録20 「禅の語録」導読    小川隆   筑摩書房 ...続きを見る

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2016/07/18 14:13
ペンフィールドの実験(3)
ペンフィールドの実験(3) 機械の中の幽霊ーアーサー・ケストラー ペンフイールドの不思議な報告 ...続きを見る

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2016/07/03 14:14
ペンフィールドの実験(2)
ペンフィールドの実験(2) 機械の中の幽霊ーアーサー・ケストラー ペンフイールドの不思議な報告 ...続きを見る

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2016/06/22 23:31
ペンフィールドの実験(1)
ペンフィールドの実験(1) 機械の中の幽霊ーアーサー・ケストラー ...続きを見る

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2016/06/19 23:04
「は」と「が」の違い(2)
「は」と「が」の違い(2) 昼飯を食べる為に、3人で食堂に行く。 店主が注文を取りに来る。 何にしますか。 ...続きを見る

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

2016/03/24 12:14
「は」と「が」の違い
「は」と「が」の違い 太郎が、花子に花束をあげた。・・・・(1) 太郎は、花子に花束をあげた。・・・・(2) ...続きを見る

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2016/03/13 16:42
パラドックス論(8)
パラドックス論(8) クレタ人であるエピメニデスが「全てのクレタ人は、嘘つきである」と発言した。さてエピメニデスの発言は本当か、嘘か。 ...続きを見る

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2016/03/06 22:56
パラドックス論(7)
パラドックス論(7) ある命題と否定の命題がともに成立する事ー論理的な矛盾 ...続きを見る

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2016/02/11 10:51
パラドックス論(6)
パラドックス論(6) 床屋が自分の髭を自分でそれば、 (1)ルールとしての「床屋は、自分の髭を自分で剃る者の髭は剃らない」 に反する事に成る。 ...続きを見る

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2016/01/20 22:28
パラドックス論(5)
パラドックス論(5) 床屋のパラドックス 以下の様な村がある: ...続きを見る

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2016/01/17 23:23
パラドックス論(4)
パラドックス論(4) 死刑になる前に一言発する事が許可される。 その発言の内容が検査され、結果として真偽が確定し、その真偽により死刑の形態を決定する。 彼の「私は、絞首刑になる」と言う言葉が発せられた後に、彼が絞首刑になっても、斬首形になっても、彼の死刑と言う執行は、彼の言葉の真偽を証明したのです。 ...続きを見る

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2016/01/10 19:07
パラドックス論(3)
パラドックス論(3) 現実に執行された死刑は、彼に対する法的処置でありながら、同時に彼の言葉の真偽の確定をする。その真偽が確定した事で、真偽に対応した約束事としての絞首刑、斬首刑が実行され様とするのだが、真偽どちらに確定するにしても、真偽を検査する現実の死刑が成立しなければならない。 まず、現実の死刑形態で有る絞首刑か斬首刑が実施されなければ、彼の言葉が真偽が確認出来ないのです。彼は只法的処罰として、絞首刑になったのです。 ...続きを見る

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2016/01/09 19:55
パラドックス論(2)
パラドックス論(2) 死刑の話し ー死刑が決まった囚人が、人生最後の一言を言う権利を与えられる。その一言の内容が真であれば絞首刑になり、偽で有れば斬首刑になる。 そこで囚人が、最後に「私は、斬首刑になる」と言った。 ...続きを見る

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2016/01/05 17:38

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