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プロフィール
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| タイトル | 日 時 |
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ゼノンのパラドックス(7)
アキレスと亀のパラドックス 足の速いアキレスと亀が走りの競争をする。 アキレスの前方に亀が位置して、ヨーどんで同時に走り出す。 アキレスの位置から100メートルの先に亀がいるとする。 亀は秒速1メートル、アキレスが秒速10メートルで走るとする。 ...続きを見る |
2009/11/08 22:06 |
歩く事から走る事へ(77)
背筋を伸ばそうとする意志は、現に胸を張り、背骨を真っ直ぐにしようと言う事で成立する。意志は、その意志の現実態である胸を張ると言う事で、実現されるのです。 これが普通の意志の実現と考えられている。 しかし事実としての、背筋を伸ばす事に対して、そのまま背筋に意志を持って行って、背骨を真っ直ぐに伸ばす事が、事実としての身体行為ではないのです。 ...続きを見る |
2009/11/08 20:44 |
ソシュール 一般言語学講義(コンスタンタンのノート)を読む(8)
言語における絶対的な恣意性と相対的な恣意性 ...続きを見る |
2009/11/05 00:27 |
ゼノンのパラドックス(6)
的まで飛んでいる矢について、的迄の空間の各点を通過して行くと言う思考は、的までの有限な距離も通過する場所としては、点として無限化できるのです。 1メートルの線分があって、その半分、半分と言う説明は、数字的には以下の様になる。 1 ・・・1/2・・1/4・・1/8・・1/16・・1/32・・1/64・・1/124・・ 的に向かって飛んでいる矢は、まず的迄の半分の距離を通過して、さらにその半分の距離を通過して、さらにその半分の距離を通過して、と言う様に説明していると、いつまで立ってもこの説明の... ...続きを見る |
2009/11/03 22:40 |
歩く事から走る事へ(76)
猫背気味の歩き方に対して、真っ直ぐな姿になろうとして、胸を張る事は、両肩を後方に引き気味にする事になる。胸を前に張る事は、胸の背後の背骨を真っ直ぐにする事だから、当然背筋をピーンとする事になるのです。 しかし<胸を張るー背筋をのばす>は、肩を怒らせる事になるのです。 そこで両腕をぶら下げ、さらにぶら下がる力が下方に向かう意識を持つのです。この力による下方意識は、上半身胸郭内部の骨格を上方に向けようとする力が働くのです。 ここでは単に両腕を下方に向けて下げると言う事でしかないのに、その下方へ... ...続きを見る |
2009/11/01 23:02 |
ゼノンのパラドックス(5)
ゼノンのパラドックスの理屈を考える。 <矢がある距離を飛ぶとしよう>と言う言葉を出す。この言葉は、ある物理的出来事についての言葉となる。その出来事について、一つの思考をするのです。それが<矢がある距離を飛ぶとするならば、・・・・・>と言う言葉なのです。この言葉は、物理的出来事について思考を巡らしている事を表しているのです。では物理的出来事の何について思考を巡らすのか。 ...続きを見る |
2009/10/30 01:06 |
歩く事から走る事へ(75)
地面に置いてある40センチ四方で、重さ15Kgの荷物が置いてある。 その荷物を持ち上げる時、私の立つ位置が、荷物から遠ければ遠いほど、腕だけで上げようとする。手で持たれた荷物の重さは、身体全体の作る重心の位置の変化に関わるのです。 ただ荷物の脇に立っているだけなら、身体の真ん中あたりにある重心は、接地し立てる足裏を通る垂線上にあるために、安定した立ち姿になっている。 体を傾けながら荷物に手をあてがい、持ち上げようとする時、元々の身体の重心は、そのまま接地している足裏におりているのだが、荷物... ...続きを見る |
2009/10/14 23:24 |
言語を学として考える(6)
日本語は論理的である 月本洋 講談社選書メチエ ...続きを見る |
2009/10/06 12:46 |
言語を学として考える(5)
日本語は論理的である 月本洋 講談社選書メチエ ...続きを見る |
2009/09/26 15:49 |
言語を学として考える(4)
日本語は論理的である 月本洋 講談社選書メチエ ...続きを見る |
2009/09/23 15:02 |
言語を学として考える(3)
日本語は論理的である 月本洋 講談社選書メチエ ...続きを見る |
2009/09/21 12:46 |
言語を学として考える(2)
日本語は論理的である 月本洋 講談社選書メチエ ...続きを見る |
2009/09/13 22:29 |
言語を学として考える(1)
日本語は論理的である 月本洋 講談社選書メチエ ...続きを見る |
2009/09/11 22:22 |
フェルナンド・ソシュール (1) 互 盛央・作品社
一般言語学 言葉のある側面を、他の側面より<前に有ったり、上位に有ったり>、先に出発点の役割を果たしたりするものと見なす権利は、決して無い。 ...続きを見る |
2009/09/09 00:41 |
ソシュール 一般言語学講義(コンスタンタンのノート)を読む(7)
フェルディナンド・ソシュール 著 影浦 峡,田中組子訳 東京大学出版局 ...続きを見る |
2009/08/31 00:03 |
歩く事から走る事へ(74)
左右の足を肩幅ぐらいにして立つ。 此の時人間の体が持つ重心は、左右の足が接地している中間に向かっている。 物体としての身体と地球との間の引き合う力が、物体である重さとしての身体が持つ重心として現れている。 左右の脚を肩幅の幅にして立っている時、身体のお腹あたりにある重心は、両足の真ん中に向かっている。その重心の落下を、接地している両足が支えているのであり、その支えが有る事で二足で立っていられるのです。重心が地面への垂直下方に向かう力は、接地している足裏を通して両脚に沿った、二方向上方向への... ...続きを見る |
2009/08/28 00:23 |
言葉を伝える事(24)
ラッセルのパラドクスー世界を読み換える哲学ー 三浦俊彦 岩波新書 ...続きを見る |
2009/08/26 22:59 |
言葉を伝える事(23)
ラッセルのパラドクスー世界を読み換える哲学ー 三浦俊彦 岩波新書 ...続きを見る |
2009/08/26 22:58 |
歩く事から走る事へ(72)
いわゆる<ナンバ>と言う体の使い方について ...続きを見る |
2009/08/25 22:25 |
歩く事から走る事へ(73)
一軸、二軸と言う理屈 ...続きを見る |
2009/08/25 00:28 |